百人一首◇はじまり

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百人一首のはじまり

百人一首のはじまり


小倉百人一首は、江戸時代初期に「かるた」として、
お正月の室内遊戯に取り入れられたのが始まりと言われます。
それが元禄の頃になると、歌かるたと言えば
小倉百人一首のことを指すようになり、
庶民の生活になじみ深いものとなりました。

さて、この小倉百人一首ですが、今から約730年もむかし
藤原定家が、天智天皇から順徳天皇までの
約550年の間に詠まれた高貴な人、歌人などの歌百首を
各人一首ずつ選び出して、京都嵯峨の小倉山の別荘で
屏風(襖)に書き写したことから、この名があります。
また小倉百人一首は全て次の勅撰和歌集から集められています。

古今集24首、後撰集7首、拾遺集11首、後拾遺集14首、
金葉集5首、詩花集5首、千載集14首、新古今集14首、
新勅撰集4首、続後勅撰集2首。

小倉百人一首とかるたとの結びつきは平安時代に
宮廷の人々のあいだで行われていた、
いろいろな貝にそえて歌をよんでつけて出しその歌を
競う「歌合わせ」という遊び、それと似た絵合わせをする
「貝おおい」という遊びが進歩して、「歌貝」というものに発展し、
生まれたとされています。「歌貝」では、
すでに貝をかたどった札が上の句と下の句ともに100枚あり、
現在と同じように下の句を並べて上の句をよみ、
競って取り合う遊戯が行われていました。
そして、最初はこのように上流階級の遊びであったものが、
南蛮渡来の「かるた」に応用され、庶民の中で広まったとされています。

さらに現在は室内遊戯として親しまれてるほか、
日本文学の古典を学ぶうえで、高度の学習資料となっています。
最近では、小倉百人一首とは別に「五色百人一首」という遊び方が生まれ、
小中学生の間で楽しまれています。

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百人一首のはじまり
百人一首の遊び方〜チラシ戦〜
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