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崇徳院
〔〔77〕〕
せをはやみ いはにせかるる たきがはの
われてもすゑに あはむとぞおもふ
〔解説〕
川の瀬の流れが早いので、岩にせきとめられる急流が、分れてもあとで一つに合うかのように、私達の間柄も今はせきとめられて別れていても、末には必ず会おうと思っているよ。
〔作者〕崇徳院
第七十五代の天皇、鳥羽天皇の第一皇子。保安四年(1123年)五才で即位、永治元年(1141年)鳥羽上皇に強いられて、近衛天皇(御年二才)に譲位、保元元年、保元の乱の責任者として讃岐に還された。(1119〜1164年)
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