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式子内親王
〔〔89〕〕
たまのをよ たえなばたえね ながらへば
しのぶることの よわりもぞする
〔解説〕
私の命よ、絶えるなら早く絶えるがよい。このまま生きながらえていると、忍んでいる恋を堪えしのぶ心が弱まって、人目につくようなことになるであろうから。
〔作者〕式子内親王
後白河天皇の第三皇女。嘉応元年(1169年)後白河院の出家に際して病のため、賀茂の斉院を退いた。平治の乱以来、叔父の崇徳院、兄の以仁王、甥の安徳天皇らが次々と源平の騒乱に捲きこまれてゆく悲運を歌に詠んだ。新古今集女流歌人の第一人者。
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